ずっと君と
人 物
大原匡(63) (32) 小説家
後藤(大原)静江(28) 雑誌編集者・大原の妻
小林直人(26) 雑誌編集者
○大原家・書斎
仏壇の中に、大原静江(59)の写真。
小林の声「だめです。ありません。もうやめましょうよ、先生」
部屋の隅にある仏壇周辺はきれいだが、部屋全体は物が散乱し、そこで大原匡(63)と小林直人(26)が
必死に探し物をしている。
小林、うんざりした様子で
小林「大体、今時手書きで原稿を仕上げるなんて、先生くらいのもんですよ。もう、奥様がいらっしゃらないんで
すから、僕が直接パソコンに打ち込みます。かえって、手間が省けていいじゃないですかあ」
大原、小林の方を見向きもせずに
大原「うるさい!能書きはいいから、黙って探せ!(押入れの奥に、何かを見つける)」
大原、ゆっくりと化粧箱を取り出す。
小林「えっ?見つかったんですか?」
大原、傍に寄ってくる小林をよけるように箱を下ろし、蓋を開ける。
箱の中には、手紙や数冊の本、アルバムなどがきちんと整頓されて入っている。
大原、その一番上にある茶色いペンケースを手に取り、ジッパーをゆっくりと開ける。
中から出てきたのは、高級万年筆と古びた万年筆の二本。
小林 「(脇から顔を出し)それ、それですよ、奥様愛用の万年筆。青龍文学賞を受賞したときに買ってもらったっ
て、よく自慢してらしたなあ」
しかし、大原が震えながら手に取ったのは、古びた方の万年筆。大原呟く。
大原「とっくに捨てたと思ってたのに、こんなに大切に……取ってあったのか……」
○(回想)喫茶店
昭和五十年代の喫茶店。
大原匡(32)と後藤静江(28)が向かい合って座っている。
静江が、手にした箱を開けると、中に入っていたのは万年筆。
静江、不思議そうに大原の顔を見る。
大原「(額の汗をふきながら)今回、僕の小説が雑誌に載ったのは、静江さんのおかげです……あ、いや、
その……」
静江「(ふっと笑って)いいんですよ。名前で呼んでくださって」
大原「……すいません……それで……あの、ずうずうしいお願いであることはよくわかってるんですが、これからも
僕の清書はずっと静江さんにお願いできないかと……」
静江「担当は、私の一存では……」
大原「いや、だからその……そういう意味じゃなくて……」
静江、大原の意図を理解し慌てて俯く。
静江「(俯いたまま小さい声で)あの……」
大原「は?」
静江「(顔を上げると、笑顔で)途中で契約解除なんてことは、ないですよね」
大原「もちろんです!僕の原稿は、一生、あなたに清書してもらいます!」
楽しそうに語り続ける二人。
○大原家・書斎
大原、机に座り、手にした高級万年筆に、優しく語りかける。
大原「僕の原稿の清書は、一生、君にやってもらう約束だったよね」
原稿用紙の上を走る万年筆。
仏壇の静江の写真の脇には、古びた万年筆が大切に置かれている。