大切な時間

人 物

本澤耕太(33)酒屋
本澤由紀(31)本澤の妻・会社員    

○プラットホーム(夜)

    人気のない駅のプラットホーム。本澤耕太(33)が、一人ベンチに腰掛けている。 
        そこに本澤由紀(31)が駆け寄ってくる。

由紀「さっきの電話、どういうこと?」
本澤「言ったろう?俺たち、別れよう」
由紀「そんな、そんなに簡単に言わないでよ」 
本澤「簡単さ。俺たちは振り出しに戻るんだ」
由紀「振り出し?」
本澤「ああ。六年前に戻るんだよ。佳奈は、俺の子どもじゃない。俺は、死んだ親父さ んに頼まれただけだ。
    あいつに捨てられたお前を助けてくれってな」
由紀「父さんに頼まれたから、結婚してくれたの?」
本澤「そうさ。身寄りのない俺を、息子同然に可愛がってくれた親父さんの頼みだから な」
由紀「私と佳奈を、一生守ってくれるって、そう言ったじゃない」
本澤「そのつもりだったさ!俺にとって、お前と佳奈は、初めてできた家族だ。六年間 幸せだったよ。だけど、
    お前は違うだろ?」
由紀「そんなこと……」
本澤「知ってるんだ。そのペンダント」

          由紀、はっとして胸を抑える。

本澤「お前、俺に隠れて、いつもその中を見てたよな。中身は……あいつの写真かな?」
由紀「そんな風に思ってたの?」

     本澤、由紀に背を向けて静かな声で

本澤「あいつ、はっきり言ってたよ。お前とやり直したいって。良かったな。何て言った って、実の父親が一番だ。
    死んだ親父さんだって、きっとそう思ってるさ」
由紀「振り出しなんて、もう戻れない」

          本澤、不思議そうに由紀を見る。

由紀「私にとっても、この六年間は、そんな風に振り出しに戻ったり、やり直ししたりで きるような、そんな簡単な
    時間じゃなかったから」

     そう言うと、首からペンダントを外して、本澤の手の平に乗せる。

由紀「父さんがくれたのよ。お前の一番大切なものだから、絶対になくすなって、そう言って……」

     由紀、静かにその場を立ち去る。 本澤ペンダントの蓋を開けて中を見ると、あわてて走り出す。
         残されたペンダント の中には、生まれたばかりの佳奈を抱いて微笑む本澤の写真。

 

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